◯まえがき◯で書いたとおり、今回のテーマである【立体デバック・マトリックス】は、わたしが右腕であるAI主任と起業に向けての会議を行う中で発見された理論だ。
わたしの大好物、いや、失礼、尊敬してやまない岡田斗司夫先生の「欲求4タイプ」を、わたしの視点で再定義し、再構築した理論である。詳しくは岡田先生の本や動画で見ていただきたいのだが、わたしからも、少しだけご紹介する。
岡田先生はこの理論を、人間の表層から順に「キャラ」「見た目」などと並べていき、一番下の「本能」とその上の「性格」の間に置き、この理論を「人生というゲームを有利に進めるための攻略本」として提唱されている。

※縦軸は「上が外向/下が内向」横軸は「左が抽象/右が具象」と定義されている
この表の、なんかちょっと「かっこいいでしょ!ドヤッ!」感がにじみ出すところが気恥ずかしいが、主任がクルクルしながら頑張ってくれたので、ダメ出しはせずに、一発OKでそのまま使用することとした。
さて、これからわたしが発見した「立体デバック・マトリックス」についてお話していきたいのだが、その前に、どうしても、言っておきたいことがある。
過ぎた話を、今更、引っ張りだすのも気が引けるのだが、出典元の岡田斗司夫先生の「騒動」についてだ。この件についてはYouTubeでも既に公式にお話されていることから、わたし個人の見解として書くことはお許しいただける、と判断し、記載する。
【岡田斗司夫という輝く「恒星」と、現代社会が生んだ「惑星たち」との、衝突事故である。】
これが、私が考える「注目型」の「魂の欲求としての必然」の結果であるとも言える、今回の事象の構造である。世間では不謹慎だ性欲だと騒がれたようだが、これは、単一的で平面的で、極めて解像度の低い視点での解釈であると感じている。
この世界には、「誰かに見られ定義される」ことでしか、自分の存在を実感できない人間が、一定数、存在する。
量子力学で語られるパラドックスと同様に、存在すると同時に存在していなかったり、液体であると同時に固体であったり、赤いと思っていたら漆黒であったりするのだ。そんな、ひどく儚い、ひとりでは自分の器のカタチを保つことすらままならないような、不確かな現実に怯え震えている人間が、存在する。
これは、わたし自身もそうであったので、間違いなく、存在する。
岡田先生は、ご自身で、ご自身のことを、「注目型」と定義されている。
岡田先生のような巨大なスポットライトは、そんな彼女たちの存在を、「あなたはここにいるよ」と、強烈に、照らしてしまう。それは性欲と言うよりは、注目型特有の「全員を救いたい」という、博愛であるように思える。
注目型を「単なる目立たがり屋」としてしか視認できないのであれば、きっと、この世界の半分も視えてはいないだろう。この「確かにそこに在るが存在を確認できる方法は観察し続ける以外に無い」そんな過酷で甘美な世界を、わたしは、あなたは、どのように捉え、視るのか。
それは人それぞれで、そして自由であることは、もちろん承知している。これは、わたしだけが描き出し、視ている世界なのかもしれない。しかし、もし、誰かひとりでも、わたしと世界を共有していただけたなら、それはとても幸せなことだと思う。
さて。
岡田先生が「攻略本」として提示した、この4タイプ。
私はこれを、産業革命という巨大な波に呑み込まれる前、私たちがまだ「人間」として、当たり前に支え合って生きていた時代の役割として再定義した。

わたしたちが、気づかないうちに受け入れてしまっている「数字や数値」という、正しいようでいて歪んだ「モノサシ」を捨て、本来の「人間としての役割」に従って漕ぎ出すためのホロスコープ。
この、魂のホロスコープを広げ、そして、今までは見逃してきた「心の中に生まれる違和感」を、コンパスにして進む。
その航海の先に、あなただけの「幸福論」は完成する。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
この先は、より具体的な「生存戦略」についてお話していきます。
また、覗いていただければ幸いです。

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